エレキギターメーカーの米Fender(フェンダー)が、日本市場の開拓に力を入れている。2023年には、原宿・表参道に世界初の旗艦店「FENDER FLAGSHIP TOKYO」をオープンさせた。
2024年は、1954年に誕生したギター「ストラトキャスター」の70周年を記念したスペシャルライブ【~Stratocaster 70th Anniversary~ The Strat Night 2024 Presented by Fender x Billboard Live TOKYO 】を開催するなど、さまざまなキャンペーンやプロジェクトを実施。70年間にわたってミュージシャンとファンの心を掴み続けるストラトキャスターの魅力を伝え続けてきた。
そんなフェンダーの売上高は2015年には、4億米ドルほどだった。それが2024年には10億ドル近くまで伸ばしている。その立役者がナイキやディズニーでCFOやCMOを務め、2015年にフェンダーCEOに就任したアンディ・ムーニー氏だ。来日した同氏に、日本市場の魅力や展望について聞いた。
経済産業省が6月に公表した「生産動態統計」によると、新型コロナ前の2019年のギター・電子ギターの販売数量は16万380本だった。コロナ禍が始まった2020年は16万7161本に増加。2023年は19万1318本にまで伸びた。コロナ禍での外出制限によりギターを演奏しようとする人が増え、その後も愛好者が着実に増えたことが要因だ。
海外市場の調査を手掛けるグローバルインフォメーションは、2017年に33億米ドルだったエレキギターの世界市場規模が、2027年には51億米ドルまで成長すると予想。同市場が成長産業であることは間違いない。
旗艦店のFENDER FLAGSHIP TOKYOがオープンしてから1年以上が経過した。ムーニーCEOの日本市場への評価は高い。
「世界の市場では米国、英国、日本がトップ3です。中でも旗艦店をオープンさせたという意味では日本に1番、力を入れています。出店場所は原宿と表参道の交差点付近にありますが、これほど大勢の人が行き来するところは、英ロンドンのオックスフォード・ストリートや上海の南京路を加えた3つほどしか世界にはないと思いますね」
フェンダーが旗艦店を出す際に、楽器店が数多く並び“楽器の聖地”と呼ばれる御茶ノ水にある販売店の多くが、旗艦店とのカニバリゼーションを懸念していたという。旗艦店や大型店がオープンすれば、多くの客が「そちらに足を運んでみよう」と考えるのは自然な消費行動だからだ。ムーニーCEOは「私はディーラーの方々に『(カニバリは)絶対にありません』と約束しました」と話す。こう判断した背景には、ナイキやディズニーでキャリアを積む中で得た「過去の経験」があったからだという。
「私はナイキやディズニーで働き、当社のアジア地区を統括するエドワード・コールもラルフローレンなどで働きました。旗艦店を立ち上げた時は、その地域のビジネスは、実は相乗効果で成長するのです。事実、卸売の方々は『過去1年の伸び率は記録的な伸びになった』と私に話してくれました」
日本市場を重視する姿勢は、商品開発にも表れている。日本人の体形や特徴を徹底的に調査して作った『Made in Japan Junior Collection』がそれだ。ボディーサイズを94%スケールダウンさせたもので、日本側で企画。エントリー層や若年層を狙ったギターだ。
ムーニーCEOによると、消費者は2タイプに分かれるという。
「1つ目は、本当にギターを弾くのが好きな人たちです。旗艦店に来て、商品ラインアップやディスプレイなどに感動してくれるものの、購入はせず、行きつけの販売店で購入します。その方が(値引きや特典をつけてくれるので)良い買い物ができるからです。もう1つは、とにかく店の中を見てみたいという人々で、友人や子どもなどが、ギターを演奏している場合が多めです。フェンダーのTシャツ、野球帽、アクセサリーなどを買ってくれます。これらはライフスタイルのカテゴリーに属しますが、売上高は私たちの想定以上の伸びを示しています」
2023年に進出したアパレル事業は、好調なようだ。その背景には、フェンダーというブランドが長年にわたって築き上げてきたブランド力がある。
「認知度は、各ブランドが作り上げてきた商品の積み上げの先に成り立つものです。創業者のレオ・フェンダーはギター奏者ではありませんでした。だからこそ、彼は一生懸命にアーティストの声を傾聴し、彼らのニーズをくみ取り、商品に反映させてきました。当社はこれを70年ほど続けているのです」
ムーニーCEOはナイキやディズニーを渡り歩いてきたマーケティングのプロだ。マーケティングプランを実行するのに重要なのは、客や人の話を聞くことでもある。「人の話を聞く」のがフェンダーのDNAなのかと尋ねた。
「Yes and Yesです(笑)。私はナイキで、20年ほどアスリートたちの話を聞きながら商品を開発してきました。その方法と、フェンダーがアーティストの意見を聞いてギターを作ってきた姿勢は同じなのです。彼らを満足させなければ、業界のナンバーワンになれません。アーティストやアスリートが採用してくれる商品を作ることが、メーカーの使命なのです」
ギター奏者ではなかったレオ・フェンダーが、業界標準となるようなギターを数多く輩出してきたのは、なぜなのか。ムーニーCEOは説明する。
「『一生続くようなデザイン』という言い方をしたいと思います。英語で『Form Follows Function』(形態は機能に従う)と言いますが、エンドユーザーのために必要な機能を盛り込むことも意味します。多くのイノベーションを起こしてきましたが、特に1954年に発売したストラトキャスターのコアの機能(ラージヘッド、ビブラート・ユニット/トレモロアーム搭載など)は、現在のエレキの機能とほぼ同じなんですよ」
商品開発の過程でプロの意見を徹底的に聞き、実際の製品に反映させるのは理にかなっている。しかし逆に言うと、それでは素人が使いこなせる商品は作れないようにも思われる。素人でも扱えるような商品をいかにして作るのか。
「1956年にデュオソニックというギターを作りました。ショートネックにして体が大きくない人でも扱いやすいような形にし(弦を押さえても)指先が痛くないものを開発しました」
デュオソニックはプロ向けに作られたギターではなかったものの、米国でカリスマ的な人気を博したロックバンドNIRVANAのカート・コバーンが初期で使ったり、日本のギタリストCharらが愛用したりしたという。素人向けである一方で、プロでも使える仕上がりの高さがフェンダークオリティーなのだ。
「フェンダーに入社したころは、素人向けの商品も売ってはいたものの、どちらかといえばプロレベルの商品に集中している傾向を感じました。私は新規の顧客にも重点が置かれるべきだと考えました。その上で、全てのレベルの顧客に対してきちんとサポートしていく流れが重要だと考えたのです」
裾野を広げることによって結果的に音楽業界のレベルを引き上げ、顧客も増えるという好循環を生み出せたということだ。例えば、ギター奏者とコラボするシグネチャモデルは、ファンに買いたいと思わせる意味で、ライト層の顧客を獲得することや、裾野を広げることに狙いがあるようにみえる。
「シグネチャモデルを実際に開発した事例として、2000年代のロックシーンをけん引したザ・ホワイト・ストライプスのリード・ボーカリストだったジャック・ホワイトの例があります。(アコースティックギターとエレクトリックギターを融合させた)アコスタソニックは今までにないユニークなギターを世に送り出すことができましたが、それは彼が『こういった機能がほしい』など機能面のリクエストを明確に言ってくれたからです。あわせて新たな製造技術を作り出すこともできました。私たちがシグネチャモデルを重要だと考える理由の1つです」
つまり、シグネチャモデルを開発する理由は、ライト層の開拓よりも技術開発に役立つ面が大きいからなのかと聞くと「その通りです」と答えた。
では、ライト層や新規の顧客を獲得する方法についてはどのように考えているのだろうか。日本では2024年、ギターを題材にした漫画『ぼっち・ざ・ろっく!』という作品の映画版が大ヒットをした。フェンダーはコラボレーションなどを考えないのだろうか。
「以前は、アニメをコミュニケーションの手段として使ったこともあります。しかし、年齢層などを調べると、アニメを見る人と、初めてエレキギターを演奏してみようと思う人たちの間には、ちょっとした“ずれ”が出ることがありました。今はグローバルでのコミュニケーション手段としてあまり考えていません」
その代わりとなるのがゲームだという。
「フェンダー創立75周年の特別企画としてフェンダーとファイナルファンタジーXIVのチームが、共同でストラトキャスターを発売しました」
冒頭に紹介した通り、2024年はストラトキャスターの70周年を記念し、国内外で多くのキャンペーンやプロジェクトを展開した。集大成として11月23日に開催したスペシャルライブ「The Strat Night 2024」では、この日のために結成した弓木英梨乃をバンドマスターに迎えたスペシャルバンドをはじめ、ストラトキャスターを愛用するミュージシャンの春畑道哉(TUBE)、Ken(L’Arc-en-Ciel)、斎藤宏介(UNISON SQUARE GARDEN、XIIX) が出演。歴史的なストラトキャスターを使用した楽曲を披露した。
多数の応募が寄せられたキャンペーンで優勝し、このライブで演奏する権利を手にした一般プレイヤーも登場。春畑道哉の楽曲を、本人を目の前で披露した。この記念ライブは、世代やジャンルを超えたトップアーティストたちが集結。ストラトキャスターが奏でる音楽を堪能できる一夜限りの特別なイベントとなっていた。このようにフェンダーは、ファンの熱量を高め、LTV(Life time Value、顧客生涯価値)を高めるファンマーケティングを的確に実行している。
【編集履歴:2024年12月4日午前2時39分 「ストラトキャスター」の70周年について追記しました】
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