中堅・中小企業にとって「高嶺の花」と思われがちなSAPのERP製品。赤城乳業は、それを武器に変えて業績を大きく伸ばした。経営改革を推進して成果を生むためのシステムデザインとERP導入とは。
「ガリガリ君」で知られる赤城乳業は、この10年余りで多くの経営課題を解決して業績を劇的に向上させた。成功の鍵は、BPR(ビジネスプロセスリエンジニアリング)とITシステムの改革を両輪で推進したことだ。システム戦略を大幅に見直し「SAP ERP」を導入、同時に業務改善と経費削減、正確な原価管理を実現するためにPSI(生産、販売、在庫)管理を最適化したことで不動在庫の削減に成功した。
その結果、2010年に300億円弱だった売上高は、2023年には570億円まで拡大した。では具体的にどのように業務プロセスとITシステムを改善し、経営改革につなげていったのか。赤城乳業の吉橋高行氏(財務本部 情報システム部 部長)が、BPRの必要性からSAP ERPの導入、SAP S/4HANAへの移行、成果創出までの道のりをセミナーで語った。
アイスクリーム業界は、季節変動が極端という特性を持つ。例えば赤城乳業の売り上げは7月と8月がピークで、その後急降下するといった特徴がある。4〜9月の売り上げが全期間の約70%を占める。
夏場のピーク需要に備えるために春先から在庫を備蓄する必要があるが、それには難しい判断が伴う。生産能力を上げ過ぎると冬場の稼働率が低下し、逆に抑え過ぎれば夏場の需要に対応できない。製造から販売までの間は製品を冷凍倉庫での保管が不可欠だ。だが倉庫保管の維持費は高く利益を圧迫するため、過剰な生産は抑えなければならない。冷夏などで販売量が減ると赤字になり、廃棄コストも発生する。
このような難しいバランスを最適化するためにPSI管理が重要となる。赤城乳業にとって、PSI管理の精緻化は経営課題の核心だった。
だが、SAP ERP導入以前の同社のシステムはこの課題に十分に対応できなかった。販売管理や工場管理などのシステムは独立して運用され、生産、販売・在庫などの情報は表計算ソフトで管理していた。各システムの連携は月に1回のみで、リアルタイムの情報把握が困難だった。そのため、精緻な数値を確認して改善や投資の必要性などを迅速に判断することも難しかった。こうした問題は多くの中堅・中小企業の共通の課題でもある。
この状況を打開するため、同社は「赤城ITグランドデザイン」の策定に踏み切った。まずは現状の課題を明確にし、5年後のあるべき姿を追求した。1年かけてグランドデザインを設計し、導入するERPの検討に移った。ERPベンダー15社にRFI(情報提供依頼書)を送付した。
同社では当初、SAPのERP製品に対して、「大企業が使うERP」「莫大(ばくだい)な導入コストがかかる」というイメージを持っていた。これは、多くの中堅・中小企業が持つSAPへの印象だ。しかし、提案内容を精査してデモを体験してみると、その印象は大きく覆された。吉橋氏は次のように語る。
「提案内容を評価したところ、SAP製品は機能や操作感などが優れており、意外にもリーズナブルな価格であることが分かりました。デモを体験したプロジェクトメンバーも、“思いの外良い”と高く評価していました」
こうして候補はSAPを含む3つの製品に絞られた。評価プロセスでは、製品の機能や価格だけでなく「人」も重要な評価軸だった。ERP導入を成功させるためには、開発に関わる担当者とのパートナーシップが重要であるという考え方によるものだ。
最終的な経営判断として、ユーザー評価や価格面で優れており、かつ担当者との意思疎通が円滑にできること、情報を集約してデータドリブン経営が可能になることが決め手となり、SAP ERPの導入が決定した。
2014年1月、赤城乳業はSAP ERPの導入を終えた。その効果は顕著に表れた。まず、単品別原価管理が強化された。これまで年1回の手作業で行っていた原価管理が月次の自動処理に変わり、月次で原価が確認できるようになった。細かな原価管理が可能になり、利益率の改善にもつながった。
また、情報の集約もスピードアップした。各システムから手動で行っていた仕訳登録が自動的に反映されるようになり、リアルタイム管理が実現した。これによって経営判断のスピードが格段に向上し、市場の変化に迅速に対応できるようになった。さらに、情報も一元化された。全ての情報がSAP ERPの統合データベースに格納されるためデータの不整合がなく信頼性が高まり、鮮度の高い正確な情報によるデータドリブンな経営判断が可能になった。
しかし、SAP ERPの導入直後にあの大事件が起こる。新商品の「ガリガリ君リッチ ナポリタン味」が予想外に売れず、大量の不動在庫になってしまったのだ。
「ERPは魔法の箱ではないということを実感させられました。導入しただけではダメで、ERPと同時に業務改革が必須なのです。BPRにも力を入れ、その両輪を回すことではじめてPSI管理強化と経営強化につながるのだとあらためて認識しました」(吉橋氏)
業務改革と経営課題だったPSI管理をさらに強化したことで、結果として不動在庫が4分の1から5分の1に減少し、数億円単位のコスト削減が実現した。
BPRの成果はシステム全体の効率化として顕著に表れた。特筆すべきは、約半数の業務で50%以上の時間削減を実現したことだ。処理ミスや重大インシデントも激減し、外部に影響を及ぼす重大インシデントは皆無になった。これらの改善は業務品質の向上と信頼性の確保に大きく寄与している。吉橋氏は、これまで10年間運用してきたSAP ERPについて次のように評価する。
「SAP ERPの最大の成果は、精緻な原価管理が可能になったことです。特に、夏季の需要ピークに向けた在庫備蓄を原価ベースと売価ベースの両面で正確に把握できるようになりました。これにより、経営リスクの可視化と迅速な対応が可能になったのです。SAP ERPに蓄積されるビッグデータの分析は内部統制の強化に大きく貢献しています。システムの安定性も高く、ユーザーからの評価も良好です」
2022年に売上高500億円を突破した同社は、次なる中長期的な目標としてさらなる売上増を掲げている。この目標を達成するために、既存事業の拡大に加えて新商品開発、新事業創出、そして海外市場への進出を進めている。一方、経営計画の実現に向けてITもさらなる高度化とスピード感のある対応が必要だと考え、ERP刷新プロジェクトがスタートした。
新システムの主眼は、赤城乳業の戦略的差別化と業務効率化の両立にある。競争優位性を生み出す「差別化領域」と、日常業務を効率的に遂行する「標準化領域」の明確な区分と、それぞれに最適化されたシステム構築を目指している。
これまでのものは会計や販売、経費管理などの業務領域で標準化と差別化が混在し、その対応のために多くのアドオン開発が必要だった。この方式では法制度変更への対応コストが高く、システム全体の柔軟性も損なわれる。
この課題を解決するため、同社はバージョンアップのタイミングで「SAP S/4HANA Cloud Public Edition」の導入を決定した。その背景には、2024年9月に予定している組織のホールディングス化が大きく影響している。吉橋氏は選定理由を次のように説明する。
「SAP S/4HANA Cloud Public Editionを採用したのは、ホールディングス化や将来の事業展開を見据えた判断です。SAP S/4HANA Cloud Public Editionではシステムのコピーが容易なので、新たな事業会社設立時にも低コストで対応できます。これにより、将来の拡張性を確保しながら初期費用と運用費用の大幅な削減が可能になります」
SAP S/4HANA Cloud Public Editionに対して、赤城乳業は多くのメリットを期待している。アドオン開発をせず標準のまま使う「Fit to standard」のアプローチにより、わずか10カ月で稼働させることを目指した。標準化領域ではSAPの自動アップデート機能を活用し、差別化領域ではローコード開発ツールを用いて対応する。両領域のデータはEAI(Enterprise Application Integration)ツールで連携させ、ビッグデータ分析による高度な経営判断を可能にする。これらの取り組みによって業務対応のスピードアップとコスト削減を同時に実現し、持続的成長への強固な基盤を構築する方針だ。
赤城乳業の成功事例が示すように、今やSAPのソリューションは決して大企業だけのものではなく、中堅・中小企業のDXを支援し、経営課題の解決と成長を加速させる可能性を秘めている。
事実、 SAPの顧客の約80%は中堅・中小企業だ。SAPは2023年からSaaS型のクラウドERPパッケージソリューション「GROW with SAP」を提供しており、これは中堅・中小企業のスピーディで確実な経営革新、成長を意識して設計されている。GROW with SAPは、SAP S/4HANA Cloud Public Editionを軸に、競争力を高めるデータ分析や拡張開発を可能にする「SAP Business Technology Platform」、生成AIアシスタント「Joule」も組み込まれ、日々の業務に伴走して生産性を向上させる。SAPでは過去の実績から各業界のベストプラクティスをテンプレートとして用意しており、これにより導入の早期化を実現する。さらに定着化のためのツールやコミュニティー、ラーニングコンテンツも充実している。次なる飛躍のためのパートナーとして、SAP製品を検討する価値は十分にあるだろう。
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アイティメディア営業企画/制作:ITmedia エンタープライズ編集部/掲載内容有効期限:2024年10月17日