星野リゾートはサイボウズの「kintone」をフル活用して、約4500個のアプリを作ってきた。kintoneの活用が進んでいる同社でも「もやもやするような課題」に直面したことがある。kintoneを使う上で感じた悩みと課題を解決するために必要だった「問う力」について説明した。
全国70施設の温泉旅館やホテルを運営する星野リゾートは「世界に通用するホテル運営会社になる」という企業ビジョンを掲げ、卓越した市場戦略とブランド戦略で快進撃を続けている。それを可能にしているのが高い運営生産性を支える情報システムだ。
そんな同社の情報システムの一角を担っているのが、サイボウズのノーコード製品「kintone」(キントーン)だ。本格的なプログラム言語の知識やシステム開発の経験がない非IT人材でも業務アプリケーション(アプリ)を開発できる。
kintoneを積極的に活用していた星野リゾートだが、「もやもやする課題」に直面した。多くの企業が共感するこの課題をどう乗り越えたのか。サイボウズが2024年11月に開催したイベント「Cybozu Days 2024」に登壇した星野リゾートの情報システムグループが、課題解決とkintone活用のポイントを語った。
星野リゾートのバックオフィスシステムからWeb予約システム、施設のWi-Fiまで、あらゆる情報システムを管轄しているのが情報システムグループだ。メンバーは約60人で、ITの専門家だけではなくサービス現場出身の非IT人材も多数所属している。同社の久本英司氏(情報システムグループ グループディレクター)は「現場の視点を持つ社員なら、リクエストを聞いて作る外部のIT人材よりも優れたアプリを作れるのではないかと考えました」と説明する。
非IT人材によるシステム開発を実現するのがkintoneだ。あらゆる社員をIT人材にするツールでもある。久本氏はkintoneを採用した理由について「サービス現場出身の社員が業務アプリを作る“市民開発”によって業務を改革するには、ノーコードツールのkintoneが適していました」と語る。
2014年にkintoneを導入してから10年間で作ったアプリケーションは約4500個。社内ビジネススクールでkintoneの使い方を教えたり、情報システムグループがアプリ開発に伴走したりすることで、現在では多くのアプリをkintoneで素早く作れるようになったという。
ここまで聞くと、星野リゾートのkintone活用は順調に思える。しかし情報システムグループに“もやもや”を感じるメンバーがいた。久本氏に替わってマイクを取った同社の小竹潤子氏(情報システムグループ・ITサービスマネジメントユニット)は、新卒入社時に「星のや軽井沢」でサービススタッフを3年間務めた後、「もっと業務を改善したい」という思いから情報システムグループへの異動を希望。今ではkintone認定資格を取得してアプリ開発やkintoneエバンジェリストとして活躍している。
小竹氏が「伸び悩み」を自覚したのは、統合予約領域のシステム導入担当者になった2024年春のことだった。
「今までにkintoneアプリを300個以上作ったものの『作ったものが正解か分からない』『指示されたものを早く正確に作るだけでいいのか』『出来上がったものがどこか違う』『作った先に何があるのか』といったもやもやを感じていました。上司の久本に相談したところ『統合予約の現場で業務研修してきたらどうか』と勧められました」
星野リゾートには「統合予約」という部門があり、コンシェルジュのように顧客の相談に対応する業務を担当している。宿泊の予約や予約内容の変更、宿泊先の選定、食事のアレンジ、送迎の手配などを手掛けている。
「星野リゾートの全施設についてさまざまな相談に乗るプロフェッショナルのチームであり、個人的にも以前からとてもリスペクトしていました」(小竹氏)
小竹氏は統合予約部門で2カ月間研修することになり、問い合わせ対応の勉強を一から始めた。「自分のデスクで4画面のマルチモニターと電話機に囲まれて、約1300件のお客さまの電話に対応しました」と振り返る。
この業務研修を経て小竹氏は「何をしたいか」が具体的に見えたという。「ITでこのように改善できるのではないか、こんな工夫ができるのではないか、といったアイデアが自然に湧き上がってきました。私には『問う力』が足りていなかったと気が付きました」と話す。
小竹氏の言う問う力とは「課題解決に必要な力」=「未知の課題に対して問いを立てる力」のことで、自分の経験から解像度を上げるなど、ITスキル関係なく発揮できるものだ。
経験を基に課題を理解して現場と同じビジョンを共有し、それを技術力や適切なツールと組み合わせることでイノベーションを起こせるようになるというのが小竹氏の結論だ。
小竹氏が課題解決に向ける情熱は尽きない。星野リゾートは2028年に米国のニューヨーク州に温泉旅館を開業する予定だ。小竹氏は「マーケットの在り方が日本と異なるので、おそらくさまざまな未知の業務課題が出てくるでしょう。問う力とkintoneなどのITの力を使ってどんどん解決できるようになりたいと考えています」と強調する。
小竹氏から研修報告を受けた久本氏は「情報システムやアプリを開発するには、概念化力、設計力、技術力だけでは不十分だと分かりました。これらは結局『スキル』なので、学ぼうと思えば習得できます」と語る。しかし、問う力は学習によって身に付けられるものではなく、多様な経験からしか生まれないと同氏は考えている。
「技術や構想力のスキルは生成AIでも容易に高められますが、問う力――つまり多様な視点は多様な経験からしか生まれません。当社内だけでなく、他の業界でさまざまな経験を積んだ人が星野リゾートのアプリ開発に加われば『この業務はこのようにやった方が良いのではないか』という新しい視点を持ち込んでくれるのではないでしょうか」
今後もさまざまなイノベーションを生み出そうとする星野リゾートの情報システムグループとしては、今よりも多様な人材を招き入れることも検討している。久本氏は「イノベーションを生み出すために、われわれは力の多様性を求めています。」と結んだ。
星野リゾートのIT戦略とkintoneを使ったアプリ開発の事例から、われわれはどのようなヒントを引き出せるのか。イベント後半の質疑応答セッションで、参考になる幾つかの答えが示された。
――プロコード、ノーコード、SaaSのどれを選ぶかの判断基準は?
星野リゾートは情報システムの導入時や開発時に「プロコード(ITエンジニアによる集中開発)」「ノーコード」「SaaS」の選択肢を用意し、状況に合わせて選択している。
久本氏は「基本的にはSaaS、ノーコード、プロコードの順で導入を検討しています」と答えた。導入に数カ月から1年程度かかってもUXにこだわりを持つべきアプリの場合はプロコード、それ以外であればノーコード開発を選ぶ。SaaSは比較的素早く導入できるが、自社のニーズや業務内容に適合するものが意外と少ないという。「kintoneファースト」を原則にしつつ、kintoneでは難しい業務にはプロコードを併用するなどして臨機応変に対応していると久本氏は説明した。
――業務アプリ開発の概念化力と設計力を身に付けるには?
小竹氏の回答は「とにかくたくさん作ること」と「プロに学ぶこと」だった。小竹氏は「私はまず手を動かしてkintoneアプリをたくさん作るようにしました。失敗もありましたが気軽に失敗できるところがkintoneの良いところです」と笑う。
星野リゾートは、 kintoneを使ったアプリ開発の基本を習得した社員を、ノーコード開発を得意とするソフトウェア開発会社にインターンとして派遣して、プロの技を勉強させたこともあるという。まずは量をこなし、プロの下で質を上げるという流れで力を付けていった。
――問う力を培うためのコツは?
小竹氏は、「2カ月も別の業務を担当できるのはレアケース」とした上で、社外コミュニティーの活動に参加することなど、積極的にアウトプットすることも問う力を習得するのに効果的だという考えを示した。「自分の事例を他者にプレゼンすることは内省や振り返りの良い機会になりますし、他のkintoneユーザーの事例から学べることもたくさんあります」(小竹氏)
――問う力を発揮してこれから取り組む挑戦は?
久本氏は「私が決めて指示したことをメンバーがただやるのではなく、皆がやりたいと思ったものを実現することがイノベーションにつながって結果を出せるようにしたいです」と回答。そのためにもノーコード人材の育成や募集に力を入れているとアピールしてセッションを締めくくった。
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提供:サイボウズ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia エンタープライズ編集部/掲載内容有効期限:2024年12月27日