INPEXは「責任あるエネルギー・トランジション」を掲げ、石油、天然ガス(LNG)から水素CCUS、再生可能エネルギーまで多様でクリーンなエネルギーの安定供給と、ネットゼロに向けた事業を展開している大手エネルギー開発企業だ。同社が目指すネットゼロカーボン社会の実現のためには、向きあうべき課題も多く存在する。その一つとして近年注目されているのが「AI活用に伴うデータセンターの電力消費増加」だ。
このような課題を克服するためには、供給するエネルギーについても効率化とクリーン化を図っていく必要がある。そのため、同社はオフィス業務や操業現場におけるデジタル技術の徹底的な活用を推進すると同時に、石油やLNGなどの重要なライフラインを支えるプロジェクトを遂行するために堅牢(けんろう)なサイバーセキュリティの構築に努めている。
高い互換性を確保したまま先進的な端末管理に移行するために、INPEXが真っ先に選択したのがWindows 11への早期移行だ。移行プロジェクトのリーダーを務めた同社の資材・情報システム本部 情報システムユニット ITサービスグループ IT Architectの森 直人氏は次のように振り返る。
「どんなオペレーティングシステムにも寿命があります。それは仕方のないことです。サポートが終了するオペレーティングシステムを使用し続ければ、エンドポイントにセキュリティの穴が生じるリスクがあります。速やかにWindows 11へ移行することは当然の選択でした。もちろん、他のオペレーティングシステムに切り替えることも検討しました。しかし、社内で使用している約600の業務アプリケーションを生かせるオペレーティングシステムはWindows以外になかったのです」(森 直人氏)
INPEXのWindows 11早期移行プロジェクトは、2022年にスタート。2023年9月から半年かけて入念な検証を行った上で、2024年1月にノートPC2000台以上を調達。3月からキッティングを開始して、わずか3カ月後には従業員にPCを配布し始めた。回収した旧PCの一部はWindows 10からWindows 11にキッティングして再利用している。
「Windows 10のサポート期限が切れる2025年になるとパートナーのリソースが逼迫(ひっぱく)し、PCも調達できなくなると予測して、2024年中のWindows 11移行を計画しました。このスケジュールは正解だったと実感しています」
複数の国内拠点をまたぐ大規模なプロジェクトをやり遂げたモチベーションの源泉、そして享受できたメリットとして、森 直人氏は次の4点を挙げる。
Microsoft Entra Joinは、認証基盤であるMicrosoft Entra IDにデバイスを参加させるPC管理の方法だ。INPEXにとって最大のチャレンジがここにあったと森 直人氏は説明する。
「私たちは、クラウドファーストな環境構築を目指していました。その点、Microsoft Entra Joinで進行することが理想だったのですが、社内システムが対応できずログインできなくなる恐れもあり、最初から選択肢を絞ってしまうと後戻りできないリスクがありました。そこで、既に活用していたオンプレミスのActive Directory(AD)とクラウドのEntra ID(旧Azure AD)を平行して活用するHybrid Entra Join環境も構築して、キッティングを開始する直前まで両方の環境で業務システムへの影響などの検証を重ねたのです。その結果、ほぼ支障なくMicrosoft Entra JoinでのWindows 11移行が実現できました」
無事にMicrosoft Entra JoinによるクラウドファーストなPC管理が実現したことで、Windows AutopilotやMicrosoft Intuneとの連携もスムーズに完了した。「期待通りの効果を上げている」と森 直人氏は語る。
「Windows Autopilotは、マスターイメージをクラウド経由で展開できるツールです。このツールのおかげで、納品されたPCを起動するだけで当社基準を満たしたWindows 11が利用できるようになりました。ただし、事前にプロビジョニングすることで利用者の初回ログイン時の負担を軽減し、社内で資産管理シールを貼るなどの準備はしています。従来はキッティングにPC1台当たり1〜2時間かかっていたものが、半分以下の時間で完了するようになりました」(森 直人氏)
2025年度から開始する海外拠点へのWindows 11の展開でも、非常に大きな役割を果たしてくれるだろうと期待している。
「海外拠点の場合、現地のベンダーにPCの調達や展開を依頼することになりますが、Windows Autopilotのおかげで機種に依存することなく、クラウド経由でMicrosoft Intuneに構成した内容が展開できます。そのため、現地のベンダーが作業しても、現地にいる社員が作業しても、INPEXのPC環境として適切な状態を展開することができます。これは大きなメリットです」(森 直人氏)
MDM(Mobile Device Management)であるMicrosoft IntuneでINPEXグループ内のPCを一元管理できるようになったことで、Windows Updateの適用漏れ防止や、セキュリティポリシーの徹底にも貢献している。
デバイス選定の容易さもポイントだ。「今回ノートPCを調達するに当たって要件定義をまとめたのですが、重要項目であるセキュリティに関しては、ほぼ一言『Windows 11に準拠すること』と記載するだけで済みました。汎用(はんよう)的なオペレーティングシステムを選択するだけで、Windows Hello for Businessなどのセキュリティ条件を満たすハードウェアを指定できるのです」(森 直人氏)
そして複数のベンダーに要件を提示した結果、INPEXの要望を最も満たす製品として選択されたのが、「HP EliteBook 630 G10」だった。
Windows 11の早期導入(デバイス対応)とは別に、INPEXの情報システム部門が2023年度からスタートしたプロジェクトがある。それが「AIR」という社内チームが推進する「オフィス業務における生成AIの徹底活用」だ。
「INPEXは生成AIが出てきた当初から日常業務の効率化に向けた各種生成AIツール活用の可能性を模索してきました。」そう話すのは、同社情報システムユニット AIエバンジェリストの森 真之助氏だ。
「始まりは『近い将来必ずビジネス環境を大きく変えるツールになる。生成AIを検証しておいてほしい』という部長からの指示でした。2023年4月にはAzure OpenAI Serviceを用いて、自社内の環境で生成AIを活用するPoC(Proof of Concept)を実施しました」(森 真之助氏)
しかし、当初の反応は期待とは遠いものだったという。
「期待外れに感じてしまったのは、ハルシネーションです。当時は明らかに間違った回答も多くて、これは仕事に使えないなと。ですが、その後LLM(大規模言語モデル)の精度が向上したことや、ディープラーニング系の翻訳ツールが社内で非常に好評だったこともあって、徐々にAIがオフィス業務に組み込まれていきました」(森 真之助氏)
そうした機運を受けて、生成AIの推進と働き方の変革を目的に森 真之助氏をリーダーとする社内チーム「AIR」が立ち上げられた。
「AIRという名称は『AIが空気のように、自然にある職場へ』というコンセプトに基づいた造語です。このチームを立ち上げるとともに、Azure OpenAI Serviceを使ってセキュアな環境でGPTが利用できる“AIR ChatGPT”を社内に展開したのが、本格的な活動のスタートでした」(森 真之助氏)
2024年にはINPEXの生成AI活用はさらに加速していった。その一翼を担ったのが、Microsoft 365 Copilotだった。
「2024年はMicrosoft 365 Copilotの年だった」と森 真之助氏は振り返る。
「当社はMicrosoft 365 E5を契約しているので、Copilotの機能はある程度利用できる環境にありました。その上で、2024年3月に有償のライセンスを100ユーザー分調達してトライアルをスタートしました。10月にはライセンス数を500に増やして、本格的な運用に踏み切ったのです」(森 真之助氏)
無償でも利用できたCopilotに有償ライセンスを追加したことについて、森 真之助氏は「社内アンケートの結果を見ても、費用対効果が高いことが分かったため」だと強調する。
「最初のトライアルのアンケートの結果、95%のユーザーから『継続して使いたい』との回答がありました。また、費用対効果があるかという質問に対しても92%が『Yes』と答えています。Microsoft Office製品とシームレスに連携活用できることがポイントですね。もちろん自分でも使っていたので、絶対に価格以上の価値を創出できると実感しました」(森 真之助氏)
そして2025年1月にはライセンス数を650まで拡大。新年度には1000ユーザーを超える予定だという。
「一番活用されているのはMicrosoft Teamsを使ったWeb会議のAIメモ機能です。どんどん精度が上がっていて、メモのカテゴライズも的確になってきました。オンライン会議の録画も、トピック毎にシーンが分けられていて映像の頭出しがしやすくなっています。会議でMicrosoft Outlookのスケジュールが埋まってしまうような多忙なマネジメント層にこそ是非活用してほしい機能です」(森 真之助氏)
Teamsの次に活用されているのがOutlookだ。
「取引先さまへの挨拶文や日々のメールのやり取りの返信案をワンタッチで作成できます。サービス開始当初は特に英語でのドラフティングが秀逸でしたが、今は日本語の精度も上がってきています。やはりデータセットの多い英語のクオリティは高く『こういう表現もあるのか。という発見もあって勉強になる』という声も多いです」(森 真之助氏)
「Microsoft 365 Copilotの一番良いところは進化の速さです。もしリリース当初に触れてみて期待外れだったという方がいたら『ぜひもう一度、最新のバージョンに触れてみてください』と勧めます。多分、まるで違う感想になるのではないでしょうか」(森 真之助氏)
既にさまざまな成果を生んでいるINPEXのAI活用だが、その背景にはAIRによる継続的でユニークな啓発活動がある。
「AIR発足時には、まずロゴとマスコットキャラクターを作りました。何種類もポスターを作成して社内中に掲示をしたり、社員が集まるカフェスペースを1週間借りきってノベルティを配布したり、生成AI関連の書籍をズラッと並べるなど、とにかく社員の興味を引くことから始めました」(森 真之助氏)
動画によるツール紹介も特徴的で、AIR発足後1年半で生成AIツールの紹介動画を約30本作成して社内配信している。
「当社の社内動画コンテンツの中でも再生数が多く、『あの動画、役に立ったよ』と声をかけられることも多くなりました。社内を歩いていると、かなりの割合でCopilotやAIR ChatGPTなどを活用している人を見かけます。着実に浸透しているのを実感しています」(森 真之助氏)
しかし、AIRの取り組みは「まだ始まったばかり」だと、森 真之助氏は強調する。
「生成AI活用の展開が進むにつれて、生産性の向上も進んでいますが、同時に『生成AIを使って仕事をするワクワク感』のようなものが醸成され始めていると感じています。この積み重ねが、働き方の変革やカルチャートランスフォーメーションにつながっていくと確信しています。
社員(人)とテクノロジー(技術)、それらが醸成する新しい企業文化(空気)をもって、当社の主たる事業であるエネルギー事業を推進し、ネットゼロカーボン社会の実現を目指していく。それこそが当社のAIRが見据えている姿です。この実現に向けて、私たちはこれからもチャレンジを続けていきます」(森 真之助氏)
※本稿は、日本HPからの寄稿記事を再構成したものです。
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