Googleが発表した「Gemini Diffusion」は過去最高速のモデルよりも大幅に高速なコンテンツ生成が可能です。この背景にあるスタンフォード大学の研究成果「拡散言語モデル」を解説します。
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AIやデータ分析の分野では、毎日のように新しい技術やサービスが登場している。その中にはビジネスに役立つものも、根底をひっくり返すほどのものも存在する。本連載では、ITサービス企業・日本TCSの「AIラボ」で所長を務める三澤瑠花氏が、データ分析や生成AIの分野で注目されている最新論文や企業発表をビジネス視点から紹介する。
Googleは2025年5月に、拡散言語モデル初の本格的な商用実装として最新研究モデル「Gemini Diffusion」を発表しました。過去最高速のモデルよりも大幅に高速なコンテンツ生成が可能であることを示しました。
生成速度は「Gemini 2.0 Flash-Lite」と比較して5倍になり、品質面はコーディング関連のベンチマーク「LiveCodeBench」で同等レベルの性能を維持している一方、科学的推論ベンチマーク「GPQA Diamond」(約16ポイント低下)および「多言語Global MMLU Liteテスト」(約10ポイント低下)では劣る結果となっています。
Gemini Diffusionの「Diffusion」というのは画像生成分野では実用化されている「拡散モデル」からきています。この背景にはスタンフォード大学の研究成果があります。
スタンフォード大学の研究チームは拡散モデルをテキスト生成に応用したAIアルゴリズムとして、拡散言語モデルを開発しました。拡散モデルはランダムなパターンから段階的にノイズを除去することできれいな出力を得られます。従来のLLMには生成後に内容制御が困難になるという課題がありましたが、拡散モデルがノイズを除去する段階で制御を加えることで、文体や内容を細かく制御できます。
この手法により、文章の感情表現、構造、長さなど複数の要素を同時制御する複雑なタスクにおいて既存手法を上回る成果を示しました。
一方で、この新しい技術には課題もあることが明らかになりました。予測精度の指標がやや劣ること、文章生成速度が大幅に遅いこと、学習完了までの時間が長いことです。特に処理速度については、最も効率的な設定でも従来手法の約7倍の時間を要するため、さらなる高速化の必要性がありました。
拡散言語モデルの理論的な課題に対し、2023年にスタンフォード大学とPika Labs(ピカラボ)の研究チームは重要な改善を提案しました。それは拡散技術をテキスト生成に適用できる「スコアエントロピー」という損失関数の開発です。
損失関数とはAIの出力結果と正解とのずれを評価するための関数です。学習においてはこの評価をフィードバックしてAIを調整するため、どのような関数で出力を評価するかが生成品質に影響します。
スコアエントロピーを適用して学習した拡散言語モデルは、従来のモデルを25〜75%上回る予測精度を達成しました。また、従来モデルで必要だった複雑な調整作業を不要にし、「GPT-2」より6〜8倍良好な品質で、より自然なテキストを生成できることも明らかにしました。32倍少ない計算量で同等品質を実現する計算効率の大幅改善も実証しています。
ただし、この研究では比較的小規模なモデル(5億パラメータ未満)での検証にとどまっており、大規模化した場合の性能向上は不確実です。このため、従来の主流技術との性能差についての検証が今後重要であるとされています。
拡散言語モデルは現時点では発展途上の技術ですが、Googleの商用実装成功で実用化への道筋が明確になりました。
技術の現在地と将来性としては、処理速度の5倍向上という具体的な改善を実現した一方、複雑な推論タスクでは従来LLMに劣るなど、技術的な課題も残っていることが明らかになりました。研究開発の急速な進展を考慮すると、この課題も今後数年で実用性が大幅に向上する可能性があります。
企業にとっての戦略的意義としては、現段階での全面導入は時期尚早ですが、この技術トレンドを理解しておくことで、将来的な競争優位性の確保につながることが重要です。特に、コンテンツ生成やリアルタイム応答が重要な業界では、技術成熟後の迅速な導入判断の必要性を強調しています。
推奨される対応方針として、当面は情報収集と小規模な検証実験に留め、技術の洗練度向上を注視することが適切であることを示しています。ただし、AI活用が競争力の源泉となる企業では、この新たな選択肢の存在を念頭に置いた中長期的なAI戦略が取れるかもしれません。
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