日立製作所は生成AIの活用を進め、1000件以上のユースケースを蓄積している。製造業の現場作業といった「自社特有の業務」でいかに生成AIを活用するか。同社の取り組みを見てみよう。
この記事は会員限定です。会員登録すると全てご覧いただけます。
生成AIを導入したものの、文章の要約や翻訳といった汎用(はんよう)的な作業に活用がとどまっているケースが多い。生成AIを「自社特有の業務」で活用できればビジネスの成長が期待できるが、そのために具体的に何をすべきだろうか。
生成AIの活用に取り組み、1000件以上のユースケースを蓄積している日立製作所の佐藤康文氏(クラウドサービスプラットフォームビジネスユニット 生成AIアプリケーション&共通基盤室 PJ推進部 部長)の話からヒントを探る。
本稿は、アイティメディアが主催するイベント「ITmedia AI Boost」(2025 年2月18~19日開催)に日立製作所の佐藤康文氏(生成AIアプリケーション&共通基盤室 PJ推進部 部長《登壇時》)が「生成AI導入の壁を超える。PoCを越えた価値創出の技術的勘所」をテーマに講演した内容を編集部が再構成したものです。
日立製作所は、AIがまだ「人工知能」と呼ばれていた1960年代からAIを研究してきた。現在は、海外企業やクラウド領域における大手企業とパートナーシップを構築し、CoE(センターオブエクセレンス:組織を横断して人材やノウハウを集約し、業務の効率化や課題解決、イノベーションの促進などを図る取り組み)を進め、1000件以上のユースケースを蓄積している。また、他社の生成AI導入支援も手掛けている。
佐藤氏は「成功と失敗の両方を経験して、生成AIを効率的に活用できる分野が見えてきたと思います」と語る。同社が語る成功のポイントとは何か。
まず佐藤氏は生成AIの活用が求められる背景について次のように整理した。「30年後の2055年には生産年齢人口が現在よりも20%減少し、高齢化率が8%上昇します。その中で生産性の向上や業務の効率化、技能継承の実現、競争力の強化に取り組まなければなりません。」
このような状況の中で将来の事業展開やサービス、現場を具体的に想像しながら、生成AIを適用すべきかどうかを判断することが重要だという。
日立製作所は自社で生成AIを活用してきたノウハウを基に、顧客企業における生成AIの導入を支援している。佐藤氏は生成AI活用に関する説明会に100回以上登壇し、顧客企業とコミュニケーションを取ってきた。その中で見えてきたのは、企業の約40%が「生成AIで何ができるのか教えてほしい」という段階にあることだという。
生成AIを導入する際のポイントは何か。「業務システムに生成AIをいきなり組み込むのはハードルが高いと思います。まずはチャットbotや『Microsoft 365 Copilot』などから使い始める必要があります。これらを使う中でAIの動き方を把握し、自分が求める回答を生成するために何が必要かを分析します。その後、データサイエンティストやAIエンジニアなど各専門家の協力を得るべきだと考えています」
佐藤氏は、日立製作所におけるAIの取り組みを3つの段階に分けて解説した。
重要なのは、難易度が低い取り組みから進めることだという。難易度の高い取り組みから進めようとすると「アーキテクチャが分からない」「自社にどのようなデータがあるかが分からない」「そもそも何が課題で、どのような解決をすべきかが分からない」という状況に陥り、生成AIの導入は失敗する。
ここから日立製作所におけるユースケースを紹介しよう。
日立製作所が提供するカスタマーサポートサービス「日立サポート360」では、オペレーターの業務効率向上のために2024年10月から生成AIを導入している。
「取り組みを進めた結果、問い合わせの回答にかかる時間を従来の2時間から30分に短縮できました。これにより新人のオペレーターの業務効率が向上しました。」
ただし、生成AIを導入しただけではこのような成果は得られない。同社は、ハルシネーションを防止するために、RAG(検索拡張生成)のチューニングに力を入れている。その結果、誤った回答や記載不足、見当違いの回答を大幅に抑えることができた。
「日立サポート360」に生成AIを導入する際は、スーパーバイザーやサポートエンジニアへのヒアリングにより各プロセスにおけるノウハウを抽出し、誤った回答が生成されるパターンとその要因を特定した。その上で「要件把握」「文献調査」「回答作成」の3つの領域でチューニングを進めた。
このように地道なチューニングを実施し、蓄積したノウハウがあるからこそ、顧客の環境における生成AIの導入を支援する際に柔軟な対応が可能になるという。
ここまで紹介した活用方法で生成AIは高い効果を発揮するが、以下のような運用面におけるコストの問題が発生するという。
これらの問題を解決して、より専門的な業務に生成AIを適用するためにナレッジを学習した業務特化型LLM(大規模言語モデル)が必要になる。日立製作所は顧客に業務特化型LLMをどのように提供しているのだろうか。
「当社は独自のLLMは開発していません。市場には日本語が得意なものやソースコードの生成が得意なもの、多言語処理が得意なものといったさまざまなLLMが存在します。お客さまを支援する時点で最適なLLMを選択し、業務特化型LLMを構築しています」
日本では今後、労働人口減少による人手不足問題が深刻化すると考えられる。こうした中でベテラン従業員のノウハウをいかに継承するかは喫緊の課題だ。
日立製作所は顧客企業に最適だと思われるLLMを選択した上で、ベテラン従業員が持つ知識をグラフ化、データベース化してAIに学習させている。言語化、図表化されている「形式知」に比べて、ベテラン従業員自身にも言語化が難しいことがある「暗黙知」をいかに継承するかは多くの企業が頭を悩ませているところだ。
日立製作所ではベテラン従業員が作業を実施している様子を撮影し、動画を見ながら業務中に取った行動の理由や目的を本人にヒアリングすることで「暗黙知」を「形式知」化する取り組みを実施している。
「当社は鉄道事業やエネルギー事業をはじめとするさまざまな事業において多くの工場を所有しています。製造現場から有益なデータを取得し、学習させるための豊富なノウハウが蓄積されています。中には特許申請中のものもあり、これらを使って顧客が求める業務特化型LLMを作っていきたいと考えています」
ここから日立製作所における業務特化型LLMの活用事例を確認していこう。
従来、設備機械の稼働音から異常を検知するソリューションは、「正常」「異常」といった結果を表示するが、なぜ異常として検出したのかといった根拠が不明だった。そこで、日立製作所はAIに音を学習させることによって、検知した根拠を説明するテキストも出力できるようにした。
具体的には正常時と異常時の音の特徴パターンをそれぞれ学習させた業務特化型LLMを利用して、異常を検知した根拠を説明するテキストを生成する。これによってユーザーはAIの判断の妥当性をテキストから判断できるという。
これによりAIアシスタントと従業員の間で、次のようなやりとりが可能になる。
AIアシスタント:ポンプの稼働音が普段と異なりますね。
従業員:どんなところが違いますか?
AIアシスタント:普段と異なり、カエルの鳴き声に似た「ゲロゲロ」という音が含まれています。過去事例によるとフィルタの目詰まりが疑われますので、フィルタの点検をお勧めします。
日立製作所は、米国で展開している鉄道の運用・保守業務で業務特化型LLMを活用して人手不足問題を解決した。
列車に取り付けたセンサーやカメラから走行中にデータを収集して点検を常時実施している。天候の影響や摩耗などによるレールや架線、車両の変化を把握して点検や部品交換時期を最適化する。これらの取り組みは職場の「働き方改革」にもつながった。
「この取り組みではセンサーやカメラによる情報収集が肝でした。建物やプラント(原料製造やエネルギーを生成するための施設)の運用・保守業務にも活用できると考えています。」
ビル管理の分野では管理業務の効率化だけでなく、ビルや町全体の資産価値の向上を図る。そのために必要なのが次の3つのプロセスだ。
「人流データや設備の故障情報、視覚情報、音の情報をAIで分析してビル管理業務の効率化だけでなく、業務連携による最適化、ビルや街の資産価値の向上につなげたいと考えています」
ここまで日立製作所によるAI活用のユースケースを紹介した。日立製作所はAIの進化の方向性について、どのように考えているのだろうか。
「機械やロボットとのインタラクション、ベテラン従業員の『暗黙知』を活用しつつ複数の業界の知識を融合し、『知の循環』をさせることが大切だと考えています。生成AIを活用して、従業員が輝く未来を実現したいですね」
生成AIの活用によって電力消費量が増加することが問題になっているが、「ここでも生成AIを活用できる可能性があります」と佐藤氏は語る。
日立製作所は、データセンターで発生した廃熱を近隣の住民に再利用エネルギーとして還元し、エネルギーを循環させる取り組みを進めている。人口が少ない街は廃熱の需要も少なくデータセンターの建設に向かないため、人口や土地の価格、競合他社の存在を生成AIで分析し、データセンターの建設に適した土地を探している。
佐藤氏は今回の講演のまとめとして、次の3つを挙げた。
佐藤氏は「日立製作所には、課題の抽出や企画の立案に特化したプロフェッショナルも在籍しています。『プロンプトの使い方を教えて』というところからご相談に乗ります」と呼びかけ、講演をしめくくった。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.